仏教の世界とは悪鬼を混入させたという悍ましい世界になったらしき世界

 仏教の世界とは悪鬼を混入させたという悍ましい世界になったらしき世界

やってられない!

無宗教になって久しく、年末に考えてみた。



仏教の世界とは無限大に答えが見えずらく、何もかも苦であり時にすべて幻想であるともいう

まったく無意味な2011年代では悪魔の法と言われたほど恐ろしい世界である


最近では神社の神になった人を疑わしい人物が少なくないとしてもしかしたらよくわからなくしていますが

彼らは彼らで仏教の信徒でもある点があるが(そうはいってもいろいろあるんでしょうが)


そういえば偽りの存在というとそもそも仏神という神設定の人を信じていたことが原因で

偽りの世界にあった時、其処には苦しみが少なくなかった。


他の宗教は18万団体以上ある宗教は此処では論外として


現代では暴力団や其の原型の人々が流入して僧職でもある場合があるとか…

悪鬼を混入してという創価学会にも意図的に悪鬼と呼ばれるほどの恐ろしい

悪魔とかじゃなくて恐るべき陰湿を越えた超犯罪者たち(多分そういう事では?)を入れたらしいとは聞く

どこの宗教もそう、そういう首謀層は完全に異様な考えの持ち主だね


ダメだこりゃ…だからキリスト教に救いを求めた人々の気持ちが、

やっぱり自分が知って、経験が増えて、考えて、初めて信仰をしなくなる、何もプラスは無いと思えるから


法人格だしね、そうやって信じる道の違いについて、其れで良かった段階の人はいるのだから其れは否定できないが、あいつは信仰をしていればよかったなどと吐いてしまう人物とはもう交わすことが無いと今は思う。


宗教は基本的にはしなくていい時代はしなくていいに決まってる。


大変だと思う。正論としてはとっくにそういう時代が来てるんだね。


仏教では辞めた人を外道とか天狗とか魔縁とかインターネット上で調べるとひどいことを言われてたらしき時代から(言わないけどね多くは)


だが何かを求める道がある人間には言えないのだが、ひどい目に遭う場合も少なくないのだから

そうならないようにしたらいいと思う。

辞めたら仏教の中の人間関係はやっぱり関わりずらかったり

かつて神社でおみくじを引いたり(鳥居水平以外のそういう場所)座禅をしたり像を拝んだり巻物を拝んだ事がある愚か者かもしれない一人が

今はそう思うのだけれど


神社のマークや場所を避けたするようになり、今は良いけども学生時代だと地獄絵図にしか見えないだろうなとも、チーム戦は宗国ではしなくなるかも

修学旅行で奈良の大仏とか寺とか来世があれば行きたくないよね

意味がなくなる、そういう事がなくなる、魂があるとは言い切れないけど

其処に求めるものは魂とか輪廻転生という事は別の問題でとらえるべきだと思う。

そういう事が人生では結局仕方ないんだと思います。


だからそういう場所から今生でなるべく早く環境を改善していくべきでしょう。

可能であれば魂が無くても





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