終戦の日・戦後81年の今日

終戦の日・戦後81年の今日


戦後多くの人は連合軍の強さについて讃えるしかなかったのですが、僕もその一人でした。

まだ戦後81年というべきか、もう戦後81年というべきか、戦後直後の時代を知らず、其れでも今の日本でいや、戦前から起きている問題がありながら戦後の中で問題は常に起きているというべきか

普通に考えてリアリストであるUSA人種の中にも日本人が戦争や原爆を恨んでいないとは思えないという意見が多いが、実際は根深い問題はあったりするのだから偶に考えたら怖くなったりします。

確かに日本では連合軍を除いた国内でも小さな事でムキになっている可能性がある国内の事実だけでも、確かに考えうると言わざるを得ない。そんなもんでそんなんなのだからそうである可能性は高い


戦争で終わりだとしたらすべての権威であり戦前から懸念あるまるで戦争をする為の構造、其れは終わりであると思う。今年8月6日原爆の日があり時間によっては日にち自体は世界では自分の誕生日ですがそうでないか不安になった日も懐かしい。確か時差があり正確には原爆投下時刻は世界でも時刻や日にちが違った気がする。


相変わらず、日本は戦争関連には美談を言うが、身近な部分では美談の欠片もない場合が多々ある日本人という現実に嫌な思いをすれど

現在のTENNOW以下日本はすべて宗教から戦前からある暴力団や一致構成も負けたのですが、もう過剰なる白人賛美やヨーロッパ賛美は不要だと思う。世界も大変だったのだ。


そして日本は美しい国では無かった。失望はすれど其れが現実だったのだ。

戦後時代に日本は変わらないといけないが其れを変わらない利点は世界にもない、其の点については理解可能ですが今年ランニング中に黙祷の時間を迎えて、初めてか黙祷をせずに過ごしてみた、当然以前はきずいた場合は必ず黙祷をしたが今は黙祷をしてない世界を見たら通行する人々も黙祷してなかったのでOKとした、


何、黙祷など偶にはせずとも、日本の期待される本来的な情景の無さについて本物だった時が確かと思える日を覚えておけば其れを

忘れてはならない戦後の其の日本国内の一部の目指した利権的な利益性のある目的とは何か

考えたくなる。


今日本で起きている不正は世界も今のままでは全然ダメなのかもしれませんし時々嫌気がさすのだが。日本という敗北者の国の中で民族問題や不正問題が起きて存在偽計が起きて陰湿だったが、異常すぎる其の問題を考えると、戦後の敗戦国日本が迎えている時代に不適切である日本の異常な反応をした人々の怖さと本当の狂った異常性を思い出した。少なからずあるのだが、ひどすぎる場合は社会的追放をそして社会的な制裁を最優先に処理すべきだと思う事実を

忘れてはいけないのだ


其れでも戦争の大戦の事実性は変わらない

日本などの主に直接対決が実現してなかった人種たちへの南北朝鮮民族主要構成時代説のある現代日本の戦前への決着の意図だったのか…

答えは原爆だったのだ

日本はアメリカなどを怒らした何かがあったのでしょう。其れが恐らくは南北朝鮮の起こした何かがあり其の戦後があるのだろう


戦争敗北に関する人々がそういう人種的な問題で決着後の世界の日本国内へ発狂して起こした不正であった場合も適切にどこの所属であろうが法を超える異常性がある場合必要に応じて軍事力などによる制圧していく覚悟が日本や全世界の可能部にあってほしいという事実がある気もして嫌になるが其れが現実である時、今は日本への見方が変わって自然で仕方がないという残念さがある。そういう見方での戦後でおかしな日本の中の敗戦ゆえの一部の層の民族性などについても考えるべき嫌な敗戦後時代を迎えている終戦の日があります・

何にしろ、敗戦後81年、日本で起きている存在偽計や呪いの国日本の問題点や其の影響説についても現在の中華大陸、南北朝鮮関連の日本構成の中の幾つかの存在達の不正の思惑や陰湿があり其れを必要な部分であれば、決して忘れるべきではない中に。自分とはいったいどこの世界と関係があった存在であるのかという魂とい世界的な不況の時代に一人考えるべき問題が敗戦後の日本という中の己という問題だと今も思う。

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