知性が高い人々について昔は傾向の人物を天才と信じてきました。
彼らのような子供はまだ幼い、彼等には罪は無くそういう社会風潮を作ってきた成人が悪いのですが、以前も書きましたが本当は昔からアインシュタインや天才と言われてきた人々の特徴などを調べたりしてた時期があったのですが、多分同じクラスにいると嫌になるけど、其れが若白髪のつむじ二つなどの説は崩壊しましたが、其れは別にそんなショックを受ける事ではなくネタとして扱ったが、
非常に高い知能の持ち主であり確かにノーマルとは言えないですよね。因みに僕は特別そんな頭がいいという事はありませんでした。其処に違和感も疑問もなかったけど
戦後などの近年、非常に優れた人物たちを見て天才という表記が横行しているが
考えてみれば障害でなく優れた特徴を持つ人々の事を考えていましたが
優れた人物はいつもいました、そして正直話すと動画の彼女たちが確かにノーマルではない。だが天才というと本当はそうでもないかもしれない、だが非凡である其れを何かの優れた表記をすることが正しいと思います。一緒に居たら嫌になる位特定の分野で優れている。
だが、大人になるにつれて彼女たちは彼らは色々な悩みがあり、いつしかその才能を失ったり、酒やドラッグで又は不幸で、そういう記述を見ましたが、やはり天才であるという設定がより不幸になる原因なのではないか?天才と言って信じていた彼らの知性レベルが非凡でありながら天才という表現を控える事が望ましい、其れは普段、テレビで見て優れた分野の人を天才というメディアのスタッフの適当な表現や、若白髪のつむじ二つの人間は天才という表現などを違うかな、特に身に覚えがという自認がある自分が思う事です。
ただ彼らの子供なのに高い知性などは非常に驚くべき人物だという天才とは言わないけど
高い知性の者達を表す表現や規格が望ましいと思います。
子供の頃興味があった天才というとアインシュタインだった、又はエジソンでした、又はビルゲイツさんであってスティーブンジョブズさんやそういう人々や数学者や発明家の人々に対して天才やギフテッドという表現以外にもうワンランク下がるかもしれないが、高い価値と知能の持ち主というエリートの称号を名誉ある形で与えるべきだと思います。
もしかしたらその方が良いかもしれないと思う、普段は若白髪論などやメディアの表現が行き過ぎていると感じている個人的な意見としては、今回は一理あると言えますが其れでもそう思いますね。
彼等が発揮してきた優れた過程の経験は記憶となり常識となり
子供という事もあって過大な賞賛を得た脳内報酬をやがて失い
脳内ホルモンが乱れるとか、狙われやすいとか、天才は之が理解できるかと
不幸な犯罪に巻き込まれたり、馬鹿だと言いたい大人に不幸に巻き込まれたり
そんな印象はありますよね。
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